★幸せとは何か|思い込みを手放したときに見えてくる本当の幸せ

幸せについて。
ある、とかない、とかいう二極の考え方は、もう終わりにしてもいいのかもしれないと、ふと思いました。
〇〇だからいい、〇〇でないから悪い、という決めつけに違和感を感じたからです。
その〇〇は、過去から続く思考でつくられた、自我の価値基準に当てはめたものだと気づきました。
幸せを考えるとき、今あるものに目を向けよう、とよく言われます。
でも〇〇である、〇〇を持っている、〇〇だから幸せ…という考え方でいると、それがなくなったときに、不幸せということになってしまいます。
揺るがない本当の幸せとは何かを考えてみたとき、それは、
ある(持っている)ではなく、
在る(存在している)ということ。
今ここにいることを、自分自身が受け入れたとき、
一番幸せで心満たされるということに気づきました。
幸せというと、キラキラした華やかなイメージがありますが、私が思うのはそれとは少し違って、ただそこに在ること。
三次元的には少し物足りなく感じるかもしれないですが、もし存在していること自体を幸せと感じ、それが当たり前と思えたなら、その瞬間、自分の世界は安心感に包まれます。
何があるから幸せ
何もないから不幸せ
ある、とか
ない、とか…
それは全て、観念なのかもしれません。

自分を解放するためには、まず、これまでの思考の枠に気づくこと。
これが当たり前、こうでなければいけない。
これはいい、これは悪い。
これは正しい、これは間違っている。
そうやって二つに分ける考え方を終わりにしていきます。
終わりにするといっても、湧き上がってきた感情を抑えるのではなく、
固くなっている思考を、もっと柔らかくしていく感覚です。
何かが起きて心が動いたとき、なぜそれをダメと思っているのだろうと、心の内側を見てみます。
心が揺れるということは、押さえつけていた感情、手放したと思っていた感情が、まだそこにあるという証拠です。
自分の思考の枠の中で意味づけをして、自分で自分を縛っている可能性もあります。
つらい、と感じるのも、
自分がそう思い込んでいるから。
本当は、何の決まりもなく、自分がそう決めてしまっているだけなのに…。
心から解放されて、軽やかに、楽に、今を生きる。
それが、揺るぎない、
幸せな生き方ではないかと思います。
人生とは、自分の世界で主役として生きること
人はみな、自分の世界の中で生きています。
一人一人がその世界の創造主であり、主役。
他人の世界で生きることはできないし、他人の世界では自分は主役にはなれません。
主役でいられるのは、自分の世界だけ。
だったら、自分が最高に輝ける世界を自分で創り出し、幸せに生きることを楽しんでみたいと思います。

私は、温かくて、優しくて、美しい、
柔らかな世界で生きたいです。
いつも穏やかで安心していられる世界。
そして、その世界に登場してくれる人は、
みんな仲良くて、
誰も他者を責めず、争わず、
いつも調和がとれている。
困った時には助け合い、
楽しい時は笑い合い、
お互いの個性を尊重して、認め合い、
足りない部分は補い合える関係性。
ともにいる時間を、言葉を使って軽やかなコミュニケーションで楽しむ世界。
心が通じ合うような時間を共有して、幸せなエネルギーを交換し合う世界。
自分の世界を持ちながらも、時に重なり合い、まるで違う世界を旅をするように…。
幸せをどこかに求めるのではなく、自分の思考の枠に気づき、ただ在ることを受け入れていくことで、
少しずつ本来の自分に戻っていくのかもしれません。
そうすれば、自分の世界を自分で創っていく力も、静かに広がっていくのかもしれません。

関連情報