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★同じ感情が繰り返されていたことに気づいたとき

桜

 

老子の道家思想に触れたとき、感情もまた、無理に抑え込まず自然に委ねることで、やがて静まっていくものなのだと感じました。

 

ポジティブな感情も、ネガティブな感情も、どちらも同じように。

 

「今を生きる」ということは、その瞬間に起こるすべてを、そのまま感じていくことなのかもしれません。

 

けれど大人になるほど、それが難しくなっていきます。

 

頭の中でいろいろな思考が巡り、エゴの声に引き込まれて、気づくと心が揺れていることがあります。

 

それは、今起きている出来事だけが原因ではなく、過去に感じきれなかった感情が、静かに反応しているからなのかもしれません。

 

過去のネガティブな体験や、そのときに感じきれなかった感情を抱えているほど、知らないうちに自分をセーブしてしまうことがあります。

 

感じきらなかった感情は、心の奥に残り続けます。

 

そして無意識のうちに押さえ込んでいた感情は、あるとき突然、それをもう一度感じるような出来事として、何度も目の前に現れてきます。

 

形を変えながら、何度も、何度も。

 

 

「また同じことが起きている」「どうしていつもこうなるのだろう」そう感じるとき、それは偶然ではなく、自分の中に残っている何かが、現実として現れているのかもしれません。

 

感じきれなかった感情は、気づいてほしくて、そして静かにほどけていくために、何度も知らせてくるように思います。

 

そのとき大切なのは、目の前で起きている出来事そのものではなく、そのとき自分が何を感じているのかに、そっと目を向けることです。

 

どうして、そう感じたのか。

 

自分の内側を見つめていくと、ふと、過去のある出来事が浮かんでくることがあります。

 

写真にも残っていない。
誰かから聞いたわけでもない。
けれど確かに、自分の心の中に残っている記憶。

 

そのときの感情。

 

何が嫌だったのか。

どうしてほしかったのか。

 

思い出した瞬間、そのときの情景が、うっすらと、あるいは鮮明に、よみがえってきます。

 

そして気づきます。

 

今、目の前で起きた出来事で感じた感情と、あのときの感情が、同じであることに。

 

出来事も、相手も、まったく違うのに。

 

心が揺れたのは、今の出来事そのものではなく、心の奥に残っていた過去の感情が、無意識のうちに反応したからなのかもしれません。

 

その場の出来事だけをどうにかしようとしても、根本にある感情に気づき、それにそっと触れていかない限り、また別の形で、同じような揺れが訪れます。

 

出来事や相手に心を奪われるのではなく、そのときの自分の感情に意識を向けることで、視点は外側から内側へと戻っていきます。

 

いつでも、戻る場所は自分の内側です。

 

 

 

忘れているようで、消えていないもの。

 

自分の奥にある声や、感情、本当の気持ち、魂の目的や望み。

 

同じようなネガティブな感情を繰り返し感じているとき、誰かが悪いとか、自分が間違っているという善悪で判断しようとしがちです。

 

でも、恐れやジャッジのスタンスで物事を捉えていると、自分の本音に気づけず、少しずつ自分から遠くなっていきます。

 

けれど、まだ自分が気づいてない、見ていない、心の奥の感情に目を向け、意識を自分の内側に戻していくことで、本当の自分を少しずつ取り戻していくことができます。

 

それに気づいたとき、少しずつ、本当の自分を生きられるようになっていくのかもしれません。

 

 

気づくと、心が変わります。

 

そして、心が変わると、目の前に広がる現実も、少しずつ変わっていきます。

 

そのとき、心が揺れない、本質で生きる自分がいるのかもしれません。

 

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